加工品とレシピ開発でしいたけの需要喚起

狭山茶の主産地で作られる原木しいたけ

静岡茶、宇治茶と並んで「日本三大茶」と呼ばれる狭山茶の主な生産地として有名な、埼玉県入間市。狭山茶は、埼玉県下全域で生産されるお茶の総称で、入間市はその生産量、栽培面積で県下一を誇り、市内にはお茶農家が100戸以上残っている。集団茶園を生産基盤とした茶業が中心の西部地域以外では、茶と野菜などの複合経営が主流となっていることも、入間市の農業の特徴の一つである。㈲貫井園も、お茶の生産と原木しいたけ栽培の二本柱の経営体制だ。

収穫作業

貫井家は代々農家で、農地解放などの絡みもあり、貫井香織さんの曽祖父がこの土地で農業を始めた。お茶を中心として、養豚なども手がけていたが、父である貫井義一さんの代から原木しいたけの栽培を開始。以来30年ほどの間に、「農林水産大臣賞」(平成6年、15年、20年、25年)や「埼玉県知事賞」(受賞回数6回)などを次々と受賞してきたことから、義一さんは「しいたけの匠」とも呼ばれる生産者である。

 

栽培規模は、茶畑が1㌶、しいたけの保有原木数は3万本で、県内では多い方。全国的にみると中堅どころだが、個人経営で3万本は多い方だという。5月に新茶シーズンを迎えるお茶は、4月、5月から夏場に向けてがいわゆる繁忙期。逆に冬は閑散期になる。一方、しいたけは季節が逆で、秋から春までが収穫や殖菌で忙しくなるシーズンのため、

繁忙期が被らない。圃場についても、お茶は茶畑、しいたけは山林の中とバッティングしないため、静岡のお茶農家にもしいたけ栽培との二本立て経営を行う事例がみられるという。

女性ならではの視点でしいたけの魅力を伝える

貫井義一

義一さんが中心となって、お茶としいたけの二本立てで栽培をしてきた中、香織さん自身は29歳の時に就農。東京の大学を卒業後、採用のコンサルティング会社、PR会社で働いたキャリアを持つ女性だ。「PR会社にいたからといって、特にPRがうまいわけではない」と言うが、都内のレストランと一緒にしいたけとワインを楽しむイベントを仕掛けたり、貫井園のホームページとは別に、フレンチシェフ考案のしいたけレシピなどのコンテンツが楽しめるウェブサイト「Hugkumはぐくむ」を手がけるなど、女性ならではの視点でしいたけの新しい魅力を世の中に伝える手腕には、目を見張るものがある。

そんな香織さんのアイデアの一つが加工品だ。「原木しいたけ」というだけで、品質保証は折り紙つき。レストランだけでなく、昨年から都内の有名デパートの中元・歳暮でも貫井園のしいたけを使った商品の扱いが始まった。そんな引く手数多のニーズに応えるためには、生産量を上げる必要があるが、設備や環境が必要になってくるので一朝一夕には実現できない。

では、限られた生産量をどこに振り分けていくか、どういうものを作っていくかという問題になってくる。そういう中で、加工品には手応えを感じるという。例えば、干ししいたけを生産する際に出る、乾燥したしいたけの軸。これまでは捨てるだけだった部分をパウダーに加工することで、ムダが出ない上に、生しいたけを求める消費者とは違う新たなユーザーを開拓できる商品へと変化したのだ。

「原木しいたけのヘルシートマトソース」や「きのこのミルクジャム」「椎茸スパイス」などの加工品、しいたけの魅力を伝えるリーフレットなど、彼女のアイデアから生まれたものはたくさんあるが、どれも根本にあるのは「おいしいしいたけを作る」という、農業の核にある部分だ。「私は別に加工品が作りたいわけでも、レストランでイベントを行いたいわけでもありません。はじめにおいしいものがあって、それがあるから、その先にいろんなものが派生してくるのだと思います。

ですからまずは『おいしいものを作る』こと。そこは忘れてはいけないというか、そこがないと始まらないですよね」。そう笑顔で話す彼女の言葉に、農業の本来のあり方を教えられたような気がした。

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