生産者と消費者で築く「顔の見える関係」

家業を継いで農業の道へ桃のハウス栽培に情熱を注ぐ

今や桃とブドウの一大産地として知られる山梨県峡東地区。戦前までは養蚕と米作りを主体とした農業が根付き、一面に水田と桑畑が広がっていた。戦後になり、国内の養蚕・製糸業の衰退が加速するとともに、果樹栽培へと切り替える農家が増加し、果樹産地としての歩みが始まった。

㈲ピーチ専科ヤマシタの山下一公代表の家業も代々続く養蚕農家であったが、1960年、父親の博光さんにより徐々に果樹栽培へと移行。傾斜地ではブドウ、平坦な土地では桃の栽培に取り組み始めた。

東京に住んでいた山下代表が山梨へ戻ってきたのは84年。後継者として農業に向き合った時、自分の性には合わないとブドウ栽培をやめ、桃の単一栽培へと切り替える。そして、当時としては画期的な桃のハウス栽培に乗り出した。まだ施設栽培の技術が確立されていない時代だが、生産者同士で勉強会を開き、積極的に栽培方法を学んだことで、収穫時期を早められるハウス栽培は軌道に乗り始めた。

独自の手法で果物の魅力をPR新たな事業に挑戦し続ける

「今はどこからでも取り寄せができるほど便利な時代。だからこそ、生産者と消費者で顔の見える関係を築いていきたい。もっと気軽に産地を訪れて、生産者と直接触れ合える機会を提供したい」と、今後の抱負を語る山下さん。

デザイナーや設計士を集めてプロジェクトチームを立ち上げ、じっくりとプランを練り上げてオープンした「桃農家Cafe ラ・ペスカ」は、オープンから6年、自家栽培のフルーツを使い、自社で加工したジェラートを提供。「『本当に美味しいものが食べたい』と思った時に足を運んでもらえる場所でありたい」と力強く語る。

さらに、今年から都内の大手スーパーチェーンと連携し、店舗から出る野菜くずで作った肥料を桃の栽培に利用し始めた。収穫した桃は全量を提携先のスーパーが買い取る「食品リサイクル・ループ」への参画と同時に、スーパーが募集する「食育体験桃狩りツアー」を受け入れ、消費者の農業への関心を高めるとともに、山梨のフルーツの魅力を広く伝えていく試みも行っている。

「生産者として、経営者として、事業を起こすには、チャレンジする機会を逃してはいけない」と語る山下さん。新たな農業のスタイルを確立しようと、自ら畑に立ちながらも常に想像力を膨らませ、飽くなきチャレンジ精神を貫きながら、果樹の一大産地をリードし続けている。

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